元職場には「大部屋主義」という文化があります。
これは、非常に広大な、フロアぶち抜きの空間を多部署に渡って共有し、一緒に仕事をするというものです。
私が所属する大部屋は、おそらく全長200m、幅30mくらいの空間に入っていました。
コミュニケーションが円滑になるだろう、活発に議論できるだろうという、昭和の大企業には比較的ありがちな思想です。
ただこれは空調最悪で、どこかのドアが開くと、そこはほぼ外気なため、猛烈に風が入り、冬場ではほとんどの従業員がダウンジャケットを着て仕事をしています。
逆に夏場は規定の白制服を脱ぎ、全員Tシャツでうちわを仰ぎながら仕事をしています。
これはCADオペレーターのオフィスワークフロアでの話です。作業場や、環境耐久チャンバーなどの話ではありません。
昭和映画のワンシーンのような風情すらあります。
女性や肌が敏感な人は加湿器など様々工夫しますが、大部屋なので拡散していきます。
更に私の場合、先天的な聴覚過敏があり、騒がしい話し声、人通り、物音を非常に苦手としています。
上司、人事部門、健康管理部門とも配置換えを嘆願しましたが、認められたのは「仕事中耳栓をしてもよし」その一点のみでした。
全社をあげて、ハンデや多様性には許容しない文化です。
セクハラや飲み会でのイッキ強要もまだまだあります。
それでいて世間体には過敏なため、急性アル中で失神しても、救急車は呼びません。
また数年前の新人は忘年会で裸踊りをしていました。どこまでも昭和なのです。
障害、体質、ハンデ、性的指向、人種など、多様性を排除したほうが、「和をもって尊し」がやりやすいでしょう。、しかしこのご時世、外向きにこれを発信できるのでしょうか。
コロナ禍においてもこの環境を強制されています。